理事長/学院長メッセージ

理事長メッセージ

山﨑雅男理事長 明治学院は、ジェームズ・C・ヘボン博士が1863 年に創設した英学塾=ヘボン塾をその淵源としています。ヘボン博士は米国のプロテスタント教会長老派の宣教医として来日され、近代化を進める当時の日本において、医学・英学を教える教育者として、医師として、学者として、またキリスト教の信仰者として多大な貢献をされました。その姿は私には「イエスはガリラヤの全地を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった。」(マタイ4:23)というガリラヤ宣教を始められたイエス様の姿に重なって見えます。この聖書にあるようにイエス様は諸会堂で聖書を教えられ(教育)、福音宣教(伝道)をなされ、病人を治された(治療)、からです。キリスト教の宣教医であったヘボン博士が創設された明治学院は、従ってキリスト教精神に立って教育がなされております。
 明治学院は2013 年に創立150 周年を迎えた我が国で最も歴史ある学校の一つですが、これを機に教育ビジョン~隣人と生きる世界市民の育成~を定め、このビジョンを私たちの使命(ミッション)として教育活動を進めています。その内容は、建学の精神である「キリスト教に基づく人格教育」を発展させることを基本に、「ボランティアスピリッツの醸成」「グローバルマインドの形成」「キャリア教育の充実」を目標に据えて、これらを実現するため、教学内容と教育環境の整備・改善を計画的に進めることであります。
 私たち人間は個々異なる環境の中で生まれ育ち、意識するか否かは別にして知識や技術を自ら選択して学びながら成長していきます。このことを繰り返して人間は世界に一人しかいない個性や特性を持つ者として成人になっていきます。しかしこのたった一人しかいない個人は社会的な存在として他との関わりの中でしか生きていけないことも真実であります。教育ビジョンの「隣人と生きる」ということは、「あなたの隣人を愛せよ」という聖書の言葉に基づいていますが、聖書は人がこの世界で生きていく時に他を愛することを欠いてはならないと教えています。このことをビジョンは受けているのです。学生時代まさに青春の時に、困難な中にある人に寄り添い(ボランティアスピリッツ)、世界全体を視野に入れて活躍出来る力を養い(グローバルマインド)、世界でたった一人の自分の能力と個性を活かす仕事(天職としてのキャリア)を見出すこと、を目指しているのです。明治学院はこのような人間形成を進めるべく、教育環境を整備し、相応しいカリキュラムを策定し、教育を行っています。
 最後に建学の精神「キリスト教に基づく人格教育」に触れて終わります。ヘボン博士は米国において、長老派の宣教医であり、恵まれた地位と富、また名声を得ておられました。江戸幕府が開港したことを受けて、見知らぬ日本に向おうとした時、友人達はさらなる富と栄達の道を振り捨てた博士を「愚か者と嘲笑った」と68 歳の時の手紙に書いておられます。全てを捨てて博士を江戸末期の、未知の日本に送り出したものは何でしようか?それはヘボン博士の内に働かれた神様の御愛です。博士はキリスト教信仰に立っておられました。この神様の愛に触れて救われ、キリスト者とされた者は、次には神様の愛に押し出されて、自ら得たもの全てをなげうっても他を愛する行為に進むように導かれるからなのです。この博士が立っておられた信仰は、大学のスクールモットー「Do for Others」(他者への貢献)に受け継がれ今日に至っています。このようにキリスト教信仰に深く根ざして、キリスト教に基づく人格教育を根本に据えて、明治学院の教育は行われているのです。

理事長  山﨑 雅男 (やまざき まさお)
山﨑 雅男


 

2018─品格のある明治学院へ

小暮修也学院長 2018年は、1868年の明治維新後150年になります。
日本は「欧米に追い付き、追い越せ」という掛け声にしたがって、ひたすら「坂の上の雲」(司馬遼太郎氏の言葉)を目ざして発展してきました。けれども、その発展の陰で失ったものも大きいのではないかと思います。
 最近出版された『明治維新150年を考える─「本と新聞の大学」講義録』(集英社新書)の中で、赤坂憲雄氏が渡辺京二氏の『逝(ゆ)きし世の面影』(平凡社ライブラリー)を取り上げ、「何が失われたのか─近代の黄昏(たそがれ)に問い直す」というテーマで語っています。
 それは、1858(安政5)年、日英修好通商条約を締結するために来日した使節団の一員であるオリファントは、日本訪問を終えた後に母親に書いた手紙で、「日本人は私がこれまで会った中で、もっとも好感のもてる国民で、日本は貧しさや物乞いのない唯一の国です」と紹介しています。これは日本をよく見すぎているのかもしれませんが、当時、貧乏人はいたけれども、いわゆる貧困ではなかった、また、貧しい人には施しをして分け合っていた、ともいわれています。
 1890(明治23)年に来日したドイツ人宣教師ムンツィンガーは、「私は全ての持ち物を、ささやかなお金も含めて、鍵も掛けずにおいていたが、一度たりとなくなったことはなかった」と評価しています。
 さらに、イギリスの旅行家イザベラ・バードという女性は、1878(明治11)年、馬で東北地方を縦断する旅を行いましたが、民衆の親切に出会って感動したと言います。新潟県と山形県境の山中の村で休息したところ、ふつう置いていく2、3銭をそこの女性は断固として受け取らなかった。それはバードがお茶ではなく水を飲んだからだ、というのです。無理にお金を渡すと、彼女はそれを同行の通訳に返した、といいます。そして、山形の村の駅舎では、暑がっているバードのために家の女性が1時間も扇子であおいでくれて、代金を尋ねるといらないと言い、それだけではなく、一包みのお菓子を差し出し、夫は扇子に彼の名前を書いて渡してくれた、と記述しています。
 これらを記したのは、幕末から明治にかけて日本にやってきた外国人、軍人、宣教師、そして商人たちでした。彼らは、世界中旅をしている人で、日本についても客観的に見られる人でした。当時、幸福で、満ち足りていて、陽気な日本人、鍵をつけなくとも盗まれない社会、格差の小さい社会、人と人とを結ぶコモンズ(共有の場)が開かれていた、見えない助け合い─相互扶助のシステムがあった、そのことに異邦人が感動した、と赤坂憲雄氏は指摘しています。このように他者に親切にする、他者を大切にする社会は「品格のある社会」ではないかと考えさせられました。
 翻って、現代日本はどうなのか、当時と比べて経済的にははるかに豊かな社会ですが、他者を大切にする精神があるのか、この時代に生きる私たちは本当に幸せなのかと考えさせられます。
 ところで、2017年10月2日、アフリカ・セネガル出身のエルハジ・アマドゥ・シィ国際赤十字・赤新月社連盟事務総長の講演が明治学院大学で開かれ、そのお話に感銘を受けました。そのお話の中で、シィ事務総長は、リーダーのあり方について、①help ②listen ③empower ④communication ⑤respect が必要であると訴えていました。この姿勢は学院で働く者にとっても重要なことであると思います。それは、学生・生徒に「寄り添い」「耳を傾け」「敬意を払い」、互いに「伝え合い」、懸命に尽くして最後に「神に委ねていく」ことです。これはイエス・キリストにならう人格教育の姿勢でもあると思います。
 この2018年、私たち自身が互いに敬意を持って、助け合い、品格のある明治学院の教育を進めてゆければと願っております。

学院長  小暮 修也 (こぐれ しゅうや)
小暮 修也